赤い宝石

 ぞくり、とした感触が伝わってくる。

 怯えた眼差しは、徐々に自らの胸元へと降りていき、“それ”を見て戦慄する。
 彼女の胸元、やや左よりの場所。つまりは心臓のあるそこへ彼の右手が差し込まれていた。

「ひ…ぃっ」

 声にならない悲鳴がかすかに口から漏れる。このありえない光景を目の当たりにして、一体何を言葉にできるだろう。ただそこにある彼の右腕に恐怖を感じ、震えること以外…。

「さっきね、痛みだけを消す薬を注射したんだ」

 淡々とした、いやむしろ冷淡な声が彼の口から漏れる。冷淡で、同時にある種の愉悦を交えたその残酷な声に耳を塞ぐこともできない。視線は彼の口元へ動く。

「眠ったままでやってもそういう顔が見られない。――そう、生きながら、意識を保ちながらそのままに胸を開かれ、心臓を握られる」

 ゆっくりとした動作で彼の右手が身体から離れていく。それに気付き、再びそこへ視線を向けるとそこには赤々と脈動する、剥き出しの心臓がそこにあった。

「綺麗なものだろう。これが君の生命そのものだ。どれほど輝かしい宝石でもこの煌めきには勝ることはないだろうね」

 あらゆることが混乱し、何一つ理解できなかった。
 今この状況、目の前の医師、そして赤々とした自分の心臓…。
 何も感じない。感じなくなってしまった。そうでなければどうすればいいというのだろう。

 ふと両足に生暖かい感触を自覚し、奇妙なことにそうしてしまった自分を赤面する。

「おやおや、失禁してしまったか。はしたないねぇ」

 そう言いながらも彼の表情は勤めて平静だ。むしろ楽しそうんさえ見える明るさがある。それが余計に不気味で恐ろしかった。
 
「これ、どうすると思う?」

 問い掛けられた言葉にも、何も返す言葉などない。
 その様子をおかしそうに見ていた彼がおもむろに彼女の顔に近づいた。

「これが禁忌であるから、という理由が最もわかりやすいのだろうと想う。それ故に僕はこんなことを始めてしまった。それが罪であるかどうか、そんなことは今更考えたいとも想わないしね。まあ僕は狂っているのだろうと想う」

 そう言いながら彼はおもむろにその端正な――むしろ女性的な蠱惑ささえもった唇を合わせ、舌で味わう。そして狂気に犯された瞳を向けて言った。

「うまそうだ」

 彼の右手。それが彼の目の前、私の視線のその先に掲げられ、そしてそのまま彼の口元へと運ばれる。

「いただきます」

 どこか遠くでむしゃむしゃという音が聞こえた気がして…